2009年6月19日金曜日
疑惑のやる気<英語学習のシステム化①>
【前回までのあらすじ】
なんのために英語を学ぶ必要があるのか、その根本的な理由が解決した。
いったい自分は何のために勉強するのか、その目標がはっきりした。
自分が目標とする「具体的なイメージ」を繰り返し思い出そう。
***
ただし、忙しい現代人はすぐ忘れる生きものである。
日常のなかで目標もあっというまに忘れがちだ。
そこで、歯ブラシを見たら「英語ができてウハウハな自分」を思い出してほしい。
歯ブラシでなく、目覚まし時計とか、財布とか、身近なものでよい。
わたしは歯ブラシ派だ。朝・夜にかならず見るから。
バカらしい、と思うかもしれない。
そんなことしなくても、英語にかける情熱は人一倍だといわれるかもしれない。
もちろん、性格上、持続力のある人には必要ない。
(そもそもこんなブログを読まず、英語はある程度できているだろう。
学習力が伸びないという、行き詰まりの解決法はいずれこのブログで説明する)
また受験生や、もうすぐ海外出張という人は動かしがたい期限があるので
モチベーションをキープできるだろう。
しかし、おおよそ人は所期の目標を忘れがちである。
いや所期の目標だけでなく、短期の学習目標もついつい忘れてしまう。
「やる気」があるときはできそうな気がするが、「やる気」で自己満足しているだけ。
三日坊主と一ヶ月坊主はドングリのせいくらべだし、たとえ2年ほど週一で
英語教室で通っていたとしても、どの程度まで習得できただろうか。
停滞していて、いつかやろうと思っているうちにおばあさん・おじいさんである。
したがって、「やる気」は学習のおまけ程度と考えよう。
マリオがスターを見つけて無敵になった状態で、長くは続かない。
それよりも、定期的なキノコであり、コインである。
確実に強くなれるし、コインを集めれば1UPする。
(スーパーマリオブラザーズの話です、知らない人ゴメン)
「やる気」に頼るのではなく、効率的な学習環境を日常につくるのだ。
この、つくる、っていうのが実はミソなんだ。
次回から、具体的なつくり方を見ていこう。
2009年6月16日火曜日
具体的な目標とイメージは<最短距離>
前回は英語に対する「キライな理由・スキな理由」として、根本的に英語をまなぶ理由についてのべた。
わたしのようなめんどくさい人たち(たいがい男性)は、何をするのでもちゃんと根本的な理由をはっきりしとかないと、続かないのである。
もう一度、英語を学ぶ根本的な理由をわかりやすくまとめると(しつこくてゴメンね)、
1.さんすうやしゃかいと同じで、知らなくても生活できるんだけど、いろんなものを見たり聞いたりするうえで「なるほど、なるほど」と楽しくなる。パズルをとくみたいに、えいごじたいがおもしろくなる。
2.えいごということばをべんきょうすると、えいごを話す人たちの考えかたがわかるようになる。にんげんはたくさんのことばを使うから、文化をもつことができた。えいごをまなぶことによって、日本語や日本人、そのほかいろいろな文化のちがいもわかるようになる。
3.世界の国々をみると、えいごをつかう人たちは多い。ホームページも日本語の10倍ぐらい英語で書かれているし、もし海外旅行に行ったらえいごはとても役立つ。だいすきな、はくぶつかんやびじゅつかんの、えいごのせつめい文も読めるようになる。外国人とえいごでやりとりできるようになるよ。
この抽象的な1,2,3を、すこし具体的にイメージしよう。
1番は、サクサクッと問題集が解けてTOEICの点数がぐんぐんあがっていくイメージ
2番は、国際情勢や文化の違いを寛容に理解したり、英字新聞を読んでいるイメージ
3番は、外国人と楽しく会話したり、英語のブログを読んでコメントしているイメージ
こういったイメージを自分なりに定着させていく。
だが、実は、まだまだ不十分である。
ここまでは、すこし気の利いた英語学習教材にも書いてあるかもしれない。
しかし、三日坊主は本当に三日で忘れてしまうので、もっともっと自分が理想とする強力なイメージ(=思い込み)が必要だ。
その具体的かつ強力なイメージが1つあればよい。3つあると忘れてしまう・・・
例えば、
スペシャルイメージ:
フロリダ・マイアミの穏やかな風のなか、チェアベッドに寝転びながら、アーネスト・ヘミングウェイの"The Old Man and the Sea"の原著を味わいを堪能しつつ、時おりカクテルに手をのばす。この古典を読んだ後には、話題になっているジョン・グリシャムの最新作を読もうと思う。たまたま隣にいた気さくなアメリカ人夫妻がグリシャムの本を指差して、その本はエキサイティングだったと言ってきた。まだ未読だが楽しみにしている、"The Pelican Brief" や "The Firm" とか、本や映画でみたけど彼のリーガル・サスペンスは結構面白かったからね、と応える・・・
少なくともこれぐらい具体的なイメージはしてほしい。
もちろん、もっとディテールがあればあるほどいいし、素敵な外国人との出会いとか、国連でキャリアとしてバリバリ働いているとか、英語をまなぶ目標として、自分の欲望に正直かつストレートにイメージしてほしい。
この「気持ちのいい目標」をめざして、できれば毎日思い出して、チェックシートをつけながら、どんどん学習していくのだ。
Let'go!!
わたしのようなめんどくさい人たち(たいがい男性)は、何をするのでもちゃんと根本的な理由をはっきりしとかないと、続かないのである。
もう一度、英語を学ぶ根本的な理由をわかりやすくまとめると(しつこくてゴメンね)、
1.さんすうやしゃかいと同じで、知らなくても生活できるんだけど、いろんなものを見たり聞いたりするうえで「なるほど、なるほど」と楽しくなる。パズルをとくみたいに、えいごじたいがおもしろくなる。
2.えいごということばをべんきょうすると、えいごを話す人たちの考えかたがわかるようになる。にんげんはたくさんのことばを使うから、文化をもつことができた。えいごをまなぶことによって、日本語や日本人、そのほかいろいろな文化のちがいもわかるようになる。
3.世界の国々をみると、えいごをつかう人たちは多い。ホームページも日本語の10倍ぐらい英語で書かれているし、もし海外旅行に行ったらえいごはとても役立つ。だいすきな、はくぶつかんやびじゅつかんの、えいごのせつめい文も読めるようになる。外国人とえいごでやりとりできるようになるよ。
この抽象的な1,2,3を、すこし具体的にイメージしよう。
1番は、サクサクッと問題集が解けてTOEICの点数がぐんぐんあがっていくイメージ
2番は、国際情勢や文化の違いを寛容に理解したり、英字新聞を読んでいるイメージ
3番は、外国人と楽しく会話したり、英語のブログを読んでコメントしているイメージ
こういったイメージを自分なりに定着させていく。
だが、実は、まだまだ不十分である。
ここまでは、すこし気の利いた英語学習教材にも書いてあるかもしれない。
しかし、三日坊主は本当に三日で忘れてしまうので、もっともっと自分が理想とする強力なイメージ(=思い込み)が必要だ。
その具体的かつ強力なイメージが1つあればよい。3つあると忘れてしまう・・・
例えば、
スペシャルイメージ:
フロリダ・マイアミの穏やかな風のなか、チェアベッドに寝転びながら、アーネスト・ヘミングウェイの"The Old Man and the Sea"の原著を味わいを堪能しつつ、時おりカクテルに手をのばす。この古典を読んだ後には、話題になっているジョン・グリシャムの最新作を読もうと思う。たまたま隣にいた気さくなアメリカ人夫妻がグリシャムの本を指差して、その本はエキサイティングだったと言ってきた。まだ未読だが楽しみにしている、"The Pelican Brief" や "The Firm" とか、本や映画でみたけど彼のリーガル・サスペンスは結構面白かったからね、と応える・・・
少なくともこれぐらい具体的なイメージはしてほしい。
もちろん、もっとディテールがあればあるほどいいし、素敵な外国人との出会いとか、国連でキャリアとしてバリバリ働いているとか、英語をまなぶ目標として、自分の欲望に正直かつストレートにイメージしてほしい。
この「気持ちのいい目標」をめざして、できれば毎日思い出して、チェックシートをつけながら、どんどん学習していくのだ。
Let'go!!
2009年6月14日日曜日
英語がキライな理由・スキな理由<根元をしっかり>
私のような頭のカタイ人間は、英語を学ぶ根本的な理由付けができていないと勉強する気がしない。
英語が嫌いな理由はいくらでもある。
アメリカ占領政策の一環だとか、99.99999%の日本人は一生のうち英語を必要としないとか、日本語もロクにできないくせにとか、グローバル化・国際化という名の植民地主義に加担しているとか、西洋人コンプレックスの表れとか、日本の伝統文化への破壊行為とか……
実際に、私は高校生くらいまでずっと上記のように考えてた。いや、今も少しそのように考えているフシがある。
しかし、それでは当ブログの存在意義がゆらぐ。ゆらぎまくる。
ここで改めて英語を学ぶ、根本的な理由をまとめよう。
1.英語を学ぶのは、数学や歴史を学ぶのと同じだ。実際的な必要性からではない。学ぶことによって世界観や知識の幅が広がり、真理に一歩ずつ近づく。学ぶこと自体が楽しくなる。
2.英語を学ぶことは、言語を学ぶこと、つまり言語で枠組みがつくられる文化(の違い)を学ぶことである。それは日本語や日本人、日本の文化を学ぶことにつながるし、他の文化や事象など世界を理解する手がかりになる。
3.世の中の半分近くは英語でやりとりされている。インターネットの世界では日本語の10倍くらいの情報がある。書物文献、博物館や美術館内の解説文、英語を話せる人々とのコミュニケーションを身につけられる。
無理くり3つにまとめてみたが、どれも学ぶ理由付けにはなる。
ただし、その比重は人それぞれだ。
私は、言語と文化的背景に関心があるので2がやや大きい。もちろん、その時々によって1が大きくなったり、3が大きくなったりする。
いずれにせよ、英語がキライな理由は屁理屈ばかりである。
動機は何だろうが、目的は何だろうが、少なくとも英語を学ぶこと自体はよい行為だ。
まあ、はっきりいって、自発的に他言語を学ぶことにわるいことはあるまい。
もちろん母国語をちゃんと継承できている限りのことである。(強制されたり、洗脳されたり、ほかに選択肢がなかったりして母国語を失うということは、歴史においてよくある話だからね)
おっと少し話がそれが、英語を学ぶ根本的な理由がはっきりしたところで、次回は「なぜ英語を学ぶのか」という動機と、それに合わせた目標をハッキリしよう。
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